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最近家の中から一歩も出ない日が続いているのですが、それがとても新鮮に感じられるjasmineです

仕事をしていた頃は早起きしているのに時間が足りなくて毎朝バタバタと家を飛び出していく日々だったけど
今はのんびり起きて、のんびり食事の支度をするようになり

何より海の側にある会社に行かなくてもいい、という恐怖の無い生活(毎日の余震は恐いけど(>_<))
ティンコロリンと一日中一緒にいられる日々
余震が起きると直ぐにjasmineの懐へ飛び込んでくるのでいつでも守れることが
私にとっても安心感につながること
これで余震が無くなればどんなにいいだろうと思う毎日です。

今日は昨日作ったあんこで、アンパンを作りました。
福島のお友達に送ってやるつもりで焼いたけど、避難所の住所がわからないことに着た付いた(-_-;)
お友達にメールを送ると避難所を出て原発近くへ戻るというメールが帰ってきたので
とても心配なjasmineです。
もちろんパンも送れなくなってしまいました。


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なんだかジッとしていられなくて、何かしていないと気が紛れなくって
キウイクッキーとバタークッキー、ココアアーモンドクッキーを次々作ることで
不安や辛い気持ちを紛らわそうとしていたのかもしれません。


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ご近所さんから震災の時お皿を借りたままだったので、パンとクッキーを盛り合わせてお返しに行くと
あらら、なんと夫婦喧嘩中で、そうとは気付かずピンポンしちゃったjasmine
ヤバシとそのまま引き返してきちゃいました。

せっかく焼きたてのホヤホヤを食べさせたいと思ったのに残念でした~


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ということでパッケージして明日もって行くことにしたjasmineです。まいったな(^_^;)


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家の中は相変わらず落ち着かない状態でどこから手をつけたらいいか
とりあえず大きなごみ類は出したので目の前の大物は片付いたけど

箪笥の引き出しが全部飛び出し、衣類も床にまんべんなく広げたように落ちていて
その上に花瓶、花、水、キャンドルスタンド等の陶器類が壊れて破片だらけになり
本やいろんな物が・・・
それらの下敷きになった衣類は全部洗いなおさないと元に戻せないし、捨てなきゃ無い物も多々(T_T)

一箇所を片付け、次の場所を片付け始めると 片付けた物を置く場所が無く
結局今片付けて開いた場所にとりあえず物を置いてから片付けるので、なんだか
片付けても片付けてもいっこうにまとまりが付かなくて、大夫疲れてきちゃいました。

とにかく寝る場所ぐらいはちゃんとしないと落ち着いて寝れなければ疲れも取れないと思い
ベッド近辺から片付け始め、片付けるjasmineにまとわりついてくるティンコロリンを
ベッドの上で待たせていたのですが、ティンコロリンがベッドの上で落ち着かないのです。
不安がある時にいつもやるウロウロ歩きをしてます

実は震災前からjasmineはティンコロリンに地震がおきたことを想定した訓練をしてきました。
『地震だー!!』と叫んでティンコロリンが乗っているクッションを揺らしたら
直ぐにベッドの下にもぐる訓練です。

何のためにそんなことをしているのか、ティンコロリンにはわからないだろうけど
おやつ欲しさにやっているとしても、何回も繰り返すうちに揺れたらベッドの下に潜り込んで欲しい
天井のライトが落ちてきても、家具が倒れてきても、家がつぶれても、頑丈なベッドの下にさえいれば
助かる可能性も、助け出せる可能性もあると思って訓練してきたのですが
実際の震災で、ちゃんとベッドの下にもぐっていたそうです。
呼んでも出てこなかったらしく、相方君が崩れた家具をかき分け必死に引っ張り出したそうです。

でも、そのせいでティンコロリンにとってはベッドが震災を思い出させる場所になったのかもしれません
今までいつも一緒にネンネしてきたベッドだったので、大丈夫かと思って乗せてみたけど
こんな表情をされるとは・・・

人の都合にばかり付き合わせて、ティンコロリンの心のケアーはできていない
恐怖を味わった部屋で、ベッドに戻されるなんてひどいと思って私を見ているのかな・・・?
ゴメンネティンコロリン

それにしても表情が悲しすぎるね~
ギュッとすることしか出来ないのがもどかしいな~


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どうやったらティンコロリンの恐怖をやわらげてあげることができるかな・・・
今日は雷がすごくって、jasmineにしがみついたまま鳴り止むまでずっと震え続けていたティンコロリン
家の中でスリングにいれたままキッチンに立っていたjasmineです


そういえば地震から5日目雪が降った時もティンコロリンをスリングに入れ
必死に雪集めをしたのを思い出します。


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まだ寒かった頃なので、ティンコロリンが寒くないようにもこもこに暖かい布で包んで
スリングに入れたので、まるで臨月の妊婦のような状態で雪集めをしました。


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断水で水が底をついてきたため、トイレに流す水が無くなり、庭中の雪を集めてゴミ袋に入れ
お日様に当てて溶かして水を作るためです。


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更に、家の周りの雨どいをはずし、雪解け水をバケツに集めてはお風呂にためて
トイレ用の水の確保に必死だったjasmine


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今まで当たり前のように使ってきた水、電気、ガス
電気はロウソクや懐中電灯で、ガスはカセットコンロで、何とか代用できるけど
水だけはどうしようもない! 




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毎日の病院通いの為にガソリンを減らしたくないので、水が汲めるお寺にもそうそう簡単には汲みに行けないし
これほど何気ない普段の生活のありがたみを感じた事はありませんでした。




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2011.05.07 友を思って
震災から1ヶ月我が家を離れて暮らし、家に戻って悲鳴をあげたjasmineです

なぜって、家の片付けが済んでいないからではありません。それは覚悟してましたから

悲鳴の原因は相方君の洗濯物です

断水がかなり長く続いたせいもありますが、相方君は地震3日後から
ほとんど家に帰らず、水が手に入る場所で昼夜無く炊き出しを始めたのです
水もガスも電気も無い家にひとりでいるのがイヤで
仕事仲間と毎日泊り込んで炊き出しをしていたのはいいのですが

家に帰るのは着替えの洗濯物を持ち帰るだけで、それが1ヶ月分こんもり山になってたまっていたのです
しかも季節は冬から春に変わり、使わなくなった毛布、着なくなったダウンジャケット(3着)が
更に追加され、ボリュームのあるもので できた山は部屋の半分を占領していました

そこへ更にjasmineの沢山の洗濯物を持ち帰ってきたのですから
洗っても、洗っても減らない洗濯物に毎日追われています、仕事をしていた頃より忙しくなったような…

そして、今までは食事は相方君に作ってもらってばかりいたjasmineですが
今回の震災で無職になったjasmineは、相方君に『これからはお料理もします』宣言をしたのです

料理上手の相方君にそんな宣言をするなんて、挑戦状をたたきつけたようなものなのですが
所詮中学生並み、いや小学生並みの物しか作れず
笑っちゃうけど、相方君は毎日苦戦しながらjasmineの手料理を食べています(苦笑)


でも、お料理を作り出すと結構何でも出来そうな気分になってきてしまい
今日は小豆を煮てみようと思い立ったのです。

この小豆は、学生の頃からのお友達が震災前にjasmineに送ってきてくれた小豆なんです。

彼女は福島の原発近くに嫁いで行ったので、今は同じ福島県の会津に非難して暮らしています。
そんな彼女を思いながら時間をかけてゆっくりと小豆を煮ました
出来上がった小豆はアンパンにして彼女に送ってやろうと思います。
まだ配給の生活をしているに違いないと思うと胸が詰まりそうになります



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いっぱい、いっぱい愛を込めて、彼女との学生生活を思い出しながら丹念に煮込みました。
そうすると、私にも出来ちゃうんですね~ 
生まれて初めてあんこを作りました~感激
明日は早速アンパンを作ろうっと!


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その頃我が家のティンコロリンは何をしているかというと・・・

お耳ホジホジ 足を使ってお耳ホジホジ


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そして、ホジホジした足をクンクン、ホジホジしては、クンクンを繰り返しています
なんなんでしょうこれ?必ず臭いを嗅がないと気がすまないようで
jasmineもティンコロリンのお耳に指を入れてみると、必ずその指をクンクンして、ペロっと舐めます(笑)
みんなのおうちの子達もこんな行動を取るのでしょうか??


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こんなのんびりしたティンコロリンを見ていると本当にホッとさせられます。



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これは3月13日に撮った写真です
断水で飲み水が底をつき、近所の人達も必死に水を買いにあちこち見て歩くけど
ほとんどのお店は閉まっているし、仮に開いていてもお水を手に入れる事は難しく
あせりだした時、相方君の職場の水が出たと言うので、近所を回り、水を入れられる容器をかき集め
みんなの水を大量に汲みに行きました。

その時、お寺に『ご自由におくみ下さい』という張り紙を見つけたので入ってみると
石灯籠が倒れ、壁が崩れ落ちていました。


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水を汲んでいる人がふたり小さなお鍋に汲んでいました。
お寺の方は、『どうぞいつでも汲みに来てください』と言ってくれたので
これで水は確保できた!!と安心したjasmineでした
後は、ロウソクが無くなったらどうしよう
乾電池もそろそろ底をつくし、携帯の充電もできないし、食べ物も探さなきゃ
と、思っていたら、目の前を大勢の人達が走っていくじゃありませんか~

何かあるぞ!と思い、なんだか訳がわからないままjasmineも同じ方向へ走っていくと
行列が出来ているのでとりあえず並んで前後の人に『これは何の行列ですか?』と聞くと
みんなわからないで並んでいるのでした。

行列が進むにつれ、コンビニが店頭販売をしているということがわかり
1人5品まで買えると言うので、暖めたら直ぐに食べられるご飯を3個とお茶のペットを2本買い
戻ろうとすると行列が5倍ぐらいになっていてまだまだ続きそうな気配
この日から毎日何をするにも長蛇の列に並ばないと手に入らない生活になりました。

家に帰り大量に汲んだ水をご近所に配って歩き(みんなワンちゃんや猫ちゃんに先に飲ませてた(^_^)v)
その足で手に入れたご飯と水を持って実家に向かったjasmine

道路はひび割れ、段差もすごく、地震後、夜は走らないようにとワンセグで言っていたけど
実際状況を見ると危険すぎて走れなかったと思う
昼に走ってもかなりゆっくりじゃないとすごい衝撃を受けるくらいの段差があちこちにできてました

実家に向かう途中で開いている店があればどこへでも入って行き、買える物はお菓子でも
飲み物でも、お餅でも何でも買いながら実家にむかいました。

実家に着くと鍵がかかっていて誰もいない、家に入ってみると食事をした形跡がある
もしかして体の弱い両親が、食料が無くなり行列に並んでいるのではと思い
直ぐに車で、来る途中のスーパーに戻って見に行くけど行列にも店内にも姿が無い

また実家にもどってティンコロリンを連れ近所の心当たりの場所を探して歩いていると
見知らぬ女性たちから声をかけられ、

『もしかしてjasmineさんじゃありませんか?』

『はいそうですけど・・・』

『地震の翌日に断水したのでお母さんが吸水の行列に並んでいたのですが、急に顔色が悪くなり
倒れられて危険な状態になり病院へ連れて行かれたんですよ
お父さんは1人で家にいては危険なので避難所へ避難させました』

と、言われてビックリ
大急ぎで避難所へ行くと父親は寂しそうに横になっていました。
1人では何も出来ない人なので、jasmineが行くと急に元気になり家に帰りたいと言うので
避難所の人は『もう少し避難していた方がいいのではないか』と言ってくれたけど
父親を引き取り、急いで母が入院した病院へ車を飛ばしました。

母は点滴やらなんやらの管だらけになっていて、顔色が悪く息も絶え絶えで寝ていました。
心臓へ流れる血管が、髪の毛1本分ほども無い細さでしか血液が流れないので
何をしても無理は禁物なのに吸水の行列に並んでいたとは・・・

電話さえ通じていれば並ばなくても『水は持って行くから待っていて』と言えたのに
私がコンビニの行列に並びさえしなければもっと早く実家にたどり着いていたのに

地震当日に瞬間通じた携帯の会話では『水は出ているし、食べ物もまだある』と言っていたので
直ぐに実家に向かわなかったjasmine
後悔ばかりがjasmineを苛みます

そしてこの日から1ヶ月以上家に帰らず実家に泊り込み生活を始めた
jasmineとティンコロリンなのでした




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ティンコロリンは突然の出来事が次々起こり、何がなんだかわからないまま家に帰れない生活に突入して
きっとすごく疲れただろうな~

突然だったからハウスも何も持っていかなかったから
所在無げなティンコロリンが不憫でしょうがなかったjasmineです。



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震災から1ヶ月がたち、やっと自宅に帰ってきたjasmineですが、家の中は放置したままなので
これからが大変、やっと自宅の片付けを始めるjasmineです

今回の震災であらゆるものが倒れ、それらをひとつひとつ片付けていくのかと思うと
気が遠くなりそうなjasmineです

食器類はほとんどが壊れてしまい、毎日食べる器もすべてバラバラの揃わない食器で食べています。

あんなに大切にしていた高級品はすべて壊れてしまい、不思議なことに100円均一の皿だけが
無事に残っていたので笑っちゃいました

相方君がカレーを作ってくれたので、スプーンを出そうと食器棚の引き出しを開けると
この通りです ↓ うっかり手を入れようものならたちまちキズだらけになります。

どこもかしこもガラスだらけ、頭上の扉も慎重に開けないと物が落ちてきます
扉も引き出しも、開けるという行為にはかなり慎重になるほどです。

こんな片付けが毎日続いています。
たかが引き出しの片付けぐらいと思うけど、軍手をしたり、ゴム手袋をしたり
怪我をしないように慎重にするのでひとつひとつに時間がかかり、なかなかすすみません。


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入りきれないほどあった食器棚の中身はほとんど無くなり、左側の縦一列には
パンの材料の小麦粉入れになってしまいました


今回の震災で物の価値観が大きく変わったjasmineです

あらゆるものが崩れ、パソコンも落下し、大切にしていたものの多くを失いましたが
物など何でもいいのです、食器もいらない、服もいらない、靴もいらない
物はいらない、あるもので十分、こんなガラガラの食器棚でも
もう食器を増やす気にはなれない、今在る範囲内で十分生活できる

この後余震が10年も続くと言っている地震研究者の話を聞いて

命在る者が生きていてくれさえすればそれでいい

命無き物は極力最小限に控えて暮らしていこう

耽美な物も崩れてしまえばまったく無価値だし

生活はシンプルでいい


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今回の震災ですべてのライフラインがたたれて非常に役に立ったのが
これら ↓ の物でした。

姑が生きていた頃使っていた石油ストーブ、年老いた姑が火事でも起こしては危険と
ファンヒーターに買い換えたのですが、相方君が停電した時の為に、と捨てずにいたのです
これが大活躍でした。

最近オール電化のおうちを建てた知り合いは今回の震災で寒くて大変だったと言ってました。

停電で掃除機が使えずガラスの破片だらけだった我が家で次に活躍したのが
姑が使っていた箒とちりとり
これも、買ったばかりの物だったのでベランダでも掃除しようと
ベランダに置いたまま忘れていたのが大活躍

そして実家の両親が『カセットを入れるのが恐くて使えないからホッとプレートを使うので
持って行ってほしい』と言うので引き取ってきた卓上コンロ

たまにしか使ったことが無かったので、カセットガスもたっぷり残っていて
本当に大活躍でした。

地震の夜は近所の人達が煮炊きができない為、食べ物も無いと言うので
我が家に在った手付かずのお餅をカセットコンロで全部焼いて磯辺にして近所に配り
ポットいっぱいにお湯を沸かして、そのポットを玄関ドアの前に置き
近所の人達に自由にお湯を使ってもらったりインスタントのコーンスープを配って
皆で寒さをしのいだりできて、カセットコンロ万歳ヽ(^o^)丿って感じでした。



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地震当日はあまりの揺れのひどさに車の中で寝たのですが、さすがに2日めは
エコノミー症候群になってしまうのも恐いので、明るいうちに何とか少しでも家の中に
居住空間を作ろうと横になれる程度の範囲だけでもガラスを撤去する作業をしました。
その間も何度も余震が続くので、家のドアは一日中開けっ放し
近所の人達もみんな開けっ放しでした。


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停電で冷蔵庫の中の物がだめになってしまうので、庫内に有る食材を使って相方君が明るいうちに
モツ煮込みうどんを作ってくれました。

お隣さんは独身男性で家に食材が一切無く、朝早くから食べ物を探して車を走らせていたけど
何も見付からなかったらしく、チャーハンを作ってロウソクと一緒に持っていったら
今までひとこともしゃべったことが無かったのに自分の名前を言ったり
車で走った市内の情報を教えてくれたり、飲み物を分けてくれたりと
皮肉なことに地震によってご近所さんとずいぶん親しくなったjasmineです


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そして夜の闇はあっという間にやってきました

ガラスはざっと撤去したけど、あちこちに細かい破片がキラキラ光るので
ピクニック用のシートを敷き、その上にカーペット下に敷く敷物を敷き、さらにコタツ布団を敷いて
その範囲内だけの動ける空間を作ったら、ティンコロリンが喜んで走るので範囲外に出るのではないかと
ヒヤヒヤのjasmineでした。


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暗くなると、どこに何が有るのか探すのが困難になるので、昼のうちに必要な物はテーブルの上に集め
ほとんどテーブルから動かないで済むようにして、相方君が作ってくれたモツ煮込みうどんと
豚肉のおろしポン酢がけを食べました
この後食料を手に入れることが困難になるとは考えずに・・・


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食器類は洗えないので、ラップとホイルを使って食器を汚さないようにしたのですが
コップとスプーン類はそうもいかず、少ない水で洗って使うので、飲み水が減るのが恐かったな~


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我が家にはラジオが無かったので、情報はすべてワンセグから
でも、バッテリーの消耗が早くてずっと見ていたいのにそうも出来ず揺れた時だけ見てました。

たまたま相方君が数日前に使い捨て充電器を買っていたので、それで充電しながら見ていたんだけど
使い捨てのため、翌日には壊れてしまって、充電もできなくなってしまい本当に困りました。

しかもワンとも達からどんどん安否確認のメールが入ってくるのに
私の携帯からは何度発信しても送れないし、もちろん通話もまったくできないのに
北海道からと、海外からは普通に電話がかかってきたりで、ビックリしちゃいました。


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ティンコロリンはちょっと揺れるだけでブルブル震えちゃうし、jasmineのひざの上から降りようとしなくなって
ご飯も一粒ずつ手にとって食べさせていました。
赤ちゃんの頃に戻った感じでした。

ティンコロリンのフードも、ビタミン剤も、トイレシートも、オムツもすべて多めに買って置いて良かったと
胸をなでおろしました~
市販のフードが食べられないティンコロリンなので、買い置きが無かったらと思うとゾッとしたjasmineです



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震災から1ヶ月以上たって、そろそろみんなの中では少しずつ記憶が遠のいていくのかもしれないけど
jasmineの中では今でもつい昨日の事の用によみがえります。

未だに余震が来るたびティンコロリンが必死にしがみついてきます
ちょっとでも離れるとものすごい勢いで後を追ってきます
外で雨の音がしたり、上の階の人がガタガタ音を立てたり、ヘリコプターが飛ぶと
震災の時盛んに飛んでいたので、記憶が蘇るのかティンコロリンの震えが止まらなくなります。

私自身も同じ、今まで普通にしていたことができなくなりました。
お風呂は恐くて夜に入ることができません。

ちょっとした物音にもすごく敏感になってしまいます。
洗濯機の脱水の音が、地震前に響く地鳴りに感じて慌てふためいてしまいます。

忘れられないし、忘れてはいけないと思うので、記憶をたどりながら
あの時のことをこれからも書き残しておこうと思います。


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今日は区役所に行ってきました。
無職になってしまったjasmineは社会保険から国民健康保険へ切り替えの手続きをするために
行ったのですが、罹災証明書を取る人でいっぱいで駐車場に入れず、ずいぶん待ちました。
やっと区役所に入っても、人が多くて何かと時間がかかりますが、役所もずいぶん変わったのでビックリしました

今まではお役所仕事!!
なんていい方をするくらい、時々腹立たしい思いもしてきたのですが、今回行って
あまりに親切なので、ものすごく驚きました。

そんなにまでしていただけるんですか?こんなに手間を取らせているのに?
嫌な顔をするどころか『気にしなくていいんですよ~』とまで言われ
本当に丁寧に説明、手続きをしていただきました。
帰るときには感謝の気持ちでいっぱいになったjasmineです。

jasmineが何時間も戻らなかった間、ティンコロリンはずっと車の中で待っていました。
震災以来初めて長い時間お留守番をしたティンコロリンです。
もちろん待たせるご褒美にトサカちゃんをプレゼントしましたよ~

でも、車に戻るとものすごい勢いで飛びついてきて、顔をペタ~とjasmineの胸に押し付けたまま
家に帰るまでその姿勢を変えずにひざに乗っていました。

できることならティンコロリンの記憶からあの震災の記憶だけを取り去ってやりたいと切に願うjasmineです。





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2011.04.27 久しぶりに
ティンコロリン地方はここしばらく晴天が続き、暖かな日が多くなってきました。
車を走らせるとあちこちに桜が咲いているのに、今年はのんびり桜を見ることもできないまま
散ってしまいそうです

運転しながらきれいだな~と見てはいるものの、あらためてお花見をする気分にもなれないjasmineです。


震災直後に一瞬だけ携帯が通じて両親の安否が確認でき、ホッとしたjasmineですが

その後、ガス、水道、電気、電話、携帯、等のすべてのライフラインが断たれてしまい
連絡が取れない状態になっていた所、3月11日の地震から2日後の3月13日に

心臓の悪い母が吸水の行列に並んでいる最中に倒れてしまい、側に居合わせた方々が
救急車を呼んではみたもののまったく電話が通じず、私への電話連絡も通じないまま
母を病院へ担ぎ込んでくださり、そのまま緊急入院して早1ヶ月

ひとりきりでは何もできない父親のめんどうをみるため震災にあった自宅を放棄し
1ヶ月にわたりひとり実家に泊り込んでいたjasmineです
(その間相方君は炊き出しに出て、職場に泊まり込んでいました)

そんな母も危機を脱し、ありがたいことに無事に退院することができました。
それでも自宅で安静に過ごさなければならない状態ですが、春めいてきた気候のせいか
だいぶ体調もよさそうなので、久しぶりに両親とティンコロリンを連れ、近くのお店に
ランチにやってきました。



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以前ならランチタイムともなれば席が空くのを待っていることもしばしばあったお店ですが
やはり震災のせいか、ガラ~ンとして、人もまばら、ワンコ連れの人もjasmineを入れても
3組だけでした



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周りにワラワラとワンコが居るのが好きではないティンコロリンにとっては居心地がいいみたいで
終始ご機嫌なティンコロリンでした

ティンコロリンもお外に出るのは久しぶりだったので嬉しかったのね~ きっと


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いつもならただ座っているだけのティンコロリンなのですが、今日は椅子の手すりに両手をかけ
後ろ足だけで立ち続けるティンコロリンです。
へんなの・・・!?


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お店はまだ軌道に乗っていないのか、ランチタイムのメニューは3種類のみでした
ティンコロリンのバーバとjasmineはパスタを頂きました。


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ティンコロリンのジージはジャガイモゴロゴロカレーを注文したのですが
本当にジャガイモが丸々ゴロゴロと入っていたので笑ってしまいました。
ジージはフォークでジャガイモを半分にしようと苦戦し、結局ナイフとフォークを使って
カレーを食べていました(笑)



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震災後家にいることが多かったjasmineですが、こうやってたまに外に出るといい気晴らしになります。


と言っても、この震災で無職になってしまったjasmineは先のことを考えると不安がぬぐいきれません。


jasmineが働いていた会社があった近辺は現在 ↓ こんな感じです

会社は海岸から3キロ地点にあるこの場所で規模を縮小して(身内だけで)再び仕事を再開しようとしていますが
jasmineは、恐くて未だにこの土地に足が向きません。
見に行くことも恐怖でできません。

両親も、相方君も、収入がなくなるのは困るけど、あそこで働くのだけはやめて欲しいと言います。
余震がいつまでも続く毎日で、今度また津波がきたら助からないかもしれない

せっかく助かった命だから会社なんかのために今更命を危険にさらす必要はないと言います。



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3月11日の地震は今考えても恐怖がよぎるjasmineです。

地震の数日前から小さな地震が起きる頻度が増しているな~と思っていたjasmineですが

11日は、会社の雑品を買出しに行き、オフィスに戻ってのんびりすごしていたjasmineでした

その時突然聞いたことも無いような、悪魔が地下から命を奪いに繰るような強い地響きのようなものが、遠くから足元に迫ってきたかと思うと、想像もつかないような強く長い地震に襲われました。


宮城県沖地震を体験したことがあるjasmineは普段から地震に対する恐怖心は人一倍強いほうかもしれません

揺れ始めた瞬間に、このままデスクに座っていては危険!!と
とっさに判断し、すべての貴重品がバッグに入っているのと
一番大切な車のキーが入っているので確保しなくちゃという気持ちが働き
側に置いてあったバッグをすぐさま手に取り肩にかつぎ、入り口に向かって飛び出しました


マニュアルどうりに行動するならば、バッグ等は持たずに直ぐに身の安全を確保して・・・
となるのでしょうが、その通りにしていたら車のキーを見失い、直ぐに逃げることができず
今頃jasmineの命は無かったと思います。

jasmineのオフィスは2階にあったので、直ぐに1階の広い場所に飛び出したかったのですが
あまりにも強い揺れに身動きが取れず、入り口のドアにつかまり

右足はオフィスに、左足は階段の踊り場にまたがり、もし建物が崩れたら
どちらにでも飛び移れる場所にいようと判断し、揺れが少しでもおさまったら
直ぐに1階に降りられる体制をとりました。

所が、そんなjasmineの背後に社長の奥さんがやって来て、jasmineの名前をわめき散らし
jasmineの背中にしがみついてきました。

これで、まったく身動きが取れなくなってしまったjasmine
それどころか、長く揺れ続ける中、両手でドアにしがみついている自分ひとりの体だけでも振り落とされそうになるのに
右手でドアにしがみつき、左手で背中に居る社長の奥さんを抑え、おんぶするような支え方をしたので
ふたり分の体をjasmineの右手一本では支えきれなくなり、転びそうになるjasmine!!(T_T)

でも、転んだらアウト! 真さかさまに1階へ階段を転げ落ちてしまう!!

それにしても長い!長い!
いつもならもうとっくに揺れがおさまる頃だろうに、今回のはおさまりそうに無い(@_@;)
揺れが永遠に続きそうな気分になるほど続いたような気がしました。

2階から見える前方の家では瓦の屋根が、土ぼこりをもうもうと上げながら崩れ落ちていきます
下の駐車場に停まっている大型トラックが揺れでどんどん後退し、建物に何度もぶつかっている
これはヤバイ!ヤバイ!尋常じゃない!
目の前でいろんなものが崩れ落ち壊れていく!

背後で社長の奥さんが!ギャーギャー大声で騒いでいる
「恐い~ ひぃ~ 恐いよ~ jasmineどうしよう~ うわ~ うわ~」

普段からうるさいばあさんだと思っていたけど、こんな時に数倍うるさくなっている(ーー;)

おもわずjasmineの口から出た言葉は

『だまれ! ぎゃーぎゃーわめかない!! 少し黙って!! うるさい!! 』だった

地震のさなかでありながらちょっとスッキリした!
怒鳴りつける事で、自分の恐怖心にも活を入れた感じだった


それからしばらくして少し揺れがおさまった頃、パソコンの電源を切ろうと
後ろを振り向くと、しがみつくことだけで精一杯でまったく気が付かなかったんだけど
オフィスの中のすべてのものが倒れ、足の踏み場も無いような状況になっていた(゜o゜)
あのままデスクに座っていたら今頃書類棚の下敷きになり命が無かったかも~(>_<)

いろんな物の上を乗り越えて自分のデスクにたどり着くと、デスク上のパソコンが無くなっていた(◎o◎)
ゴチャゴチャの中、下を見ると自分の私物が少しだけ見えたので急いで掘り出して
直ぐに1階に下りると、上を見上げていた社長が

「直ぐに帰れ!」と言うので、社長の奥さんに、『そう言われたので帰ります』と言うと

「ふ~ん」と不服そうな顔つきで、このまま会社に残って社内を片付けさせようという顔つきがありあり

この時社長が社内に居てよかった~
いつものように留守で、社長の奥さんだけだったら、きっと帰ることができずに社内にとどまり
津波に流されていたことだろう 社員全員が・・・


この ↓ 波の中に・・・



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jasmineは子供の頃から釜石に住む伯父に、三陸沖地震の津波の話を聞かされていた

海岸にあった数メートルもある大きな石が、津波の後、山の頂上に移動していたとか
波が数メートルもの高い壁になって目の前に迫ってきたので命からがらにげたとか
津波はあっという間にもの凄い速さで迫ってくるから迷わず逃げなければダメだとか
何度も繰り返し聞かされていたので、体験した事は無くても津波の恐さは十分知っていた

伯父から、揺れたら津波は数分でやってくるからとにかく大急ぎで高い所に
少しでも早く逃げるように言われていたので

社長の奥さんがどんな顔をしようが、もう後ろは振り向かない
急いで駐車場へ走って行き、背中に背負ったバッグから車のキーを取り出しエンジンをかけ
猛スピードで走り出したjasmine

所が、道路が陥没していて背後に ↑ この波が迫ってきているだろうに前に進むことができない
陥没した道路の向こう側に居る軽トラも呆然とこちらを眺めている
しょうがないので、この ↑ 波と平行してしばらく走り次の曲がり角で道路が走れるか見ると
大丈夫そうだ!
さっき前方に居た軽トラも同じように道路が走れるのを確認してこちらへやって来る

『おじさんなにしてるの! どうして津波の方向へわざわざ向かっていくの
危ないよ!ダメだよ!』と心の中で叫びながらすれ違う
家族の元へ行くのだろうか・・・
どうか助かって欲しいと願いながらも、jasmineは走る!
少しでも海から遠ざかる為に!



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カーラジオからは女子アナが何度も何度も連呼している

「車の運転をしている方は直ぐに路肩に車を止め、キーは付けたまま揺れがおさまるまで安全を確保し
運転をしないで下さい! くれぐれも運転はしないで下さい!」と


jasmineは走る!この女子アナは、マニュアルどおりのことしか言えないのか!
安全なスタジオ内からでは海の危険さが想像できないのだろうか?

相変わらず強い揺れが続いている、運転していてさえ揺れがはっきりわかるほどの強い揺れが
数台の車が路肩に車を停め、車内でラジオを聴いているようだ、揺れがひどいせいか
ハンドルにしがみついている人もいる

『みんな何してるの! 早く走って!ここから逃げなきゃダメじゃない!こんな所に車を停めておいたら
津波にさらわれてしまう! 危険だから早く逃げなきゃ!』

心の中でそう叫びながらも一台一台に声をかけている時間は無い
道路はひびが入り、所々陥没していたり、水が流れ出している



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一刻も早くこの海岸近くの道路から内陸部の道路に入りたいのに、目の前を走るごみ清掃車は
50キロ走行の道路を30キロでのろのろ運転

イライラするけど、対向車が多くて追い抜くこともできない
そうこうしているうちに、津波到達時間の3時になってしまった。
しかも、その時jasmineがいた場所は、後に市内でも一番多くの津波による犠牲者が出た場所

信号が全部停電で止まっているので交差点で数台ずつ交互に譲り合いながら走るので
自分の順番が来るまで停車している間に津波到達時間になってしまったのだった

海岸から3キロ地点まで、津波は何分で到達するんだろう
考えると恐怖でいっぱいになる

今こうしている間にも背後には津波がもの凄い勢いで迫ってきているに違いない



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その時、ラジオから、緊急速報が流れ

「3時の津波到達時間が10分遅れ、3時10分になりました。みなさんできるだけ早く海岸から離れ
高い所へ避難してください」

この時助かった!!と思った
10分で国道まで出よう!あそこなら道路が高くなっているから何とかなるだろう
そして自分が左折できる順番が来てからは、90キロで飛ばした国道目指して!

前後の車も同じスピードで走っている、みんな必死なんだ



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でも、信号が無い交差点に差し掛かるとやはり譲り合いながら走るので停まっている時間が長い
みんなの この冷静さがありがたい、誰一人として暴走するドライバーがいないのには驚いた

その間も揺れは激しく、頭上で信号機や電信柱がユラユラ揺れて、今にも倒れてきそうで本当に恐怖だった
停まっている自分の車もしっかりブレーキを踏んでないと前後に揺さぶられる 恐怖だった




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道路の段差とひび割れ箇所はどんどん増えていく気がするが、めげてはいられない、どんな段差も乗り越えて
とにかく走り続けなくっちゃ家に帰るまで、何があってもとりあえずは家に帰らなくっちゃと思った
そう強く思わないと恐怖で涙があふれてきそうで、そうなったら今度は恐怖の津波に自分が飲み込まれそうな
気がして必死だった


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そして津波到達時間の3時10分にはだいぶ国道近くまで走りついたが、国道に出る交差点は信号があってさえ
事故が絶えない場所なのに、停電で信号がとまってしまった状態でどうやって国道に出たらいいんだろう

そんな目の前の恐怖を予測しながら走っていくと大きな交差点のせいか信号がついている。ありがたい
こんな地震で大変な時に、この信号機を制御している人がいるんだ
その人だって直ぐにでも家に帰りたいだろうに、感謝しながら交差点を渡ると今度はすごい渋滞

その後も信号の無い交差点を何箇所も通ったけど、みんなの譲り合いの精神のすばらしさに感動するほどだった
仙台人!素晴らしいじゃないか!

家にたどり着く頃には身も心も疲れ果てて、半べそ状態で地割れした道を走り続けたjasmine

jasmineの駐車場には近所の人が集まり敷物を敷いて、皆で泣きながらへたり込んでいた。
相方君が泣いている人をなだめているのが見えた

直ぐに車を降り、相方君の元へ駆け寄ると、『ティンコロリンは車の中に非難させたから』と指差す
振り向くと、運転席の窓をかきむしりながらこちらに向かってピョンピョン跳ねているティンコロリンがいた
元気そうなのでホッとした~
恐い思いをしたのがかわいそうで、いっぱい、いっぱいナデナデして抱きしめたら、自分も恐怖が和らいだ


その後、恐る恐る家に入ってみると、水浸しになっている場所もあり、リビングは見事なくらいガラスの海になっていた

ティンコロリンはjasmineの部屋に居たんだけど、箪笥がドアをふさいでしまい、開けられなくなったため
相方君のお友達が助けに来てくれて、ドアを逆に開けて(壊して)ティンコロリンを助け出した為
今でもjasmineの部屋のドアは体ひとつ入るのがやっとの逆開きで閉まらない状態のままなのだ

この日はず~っと揺れがひどくて、恐怖でみんな家に入ることができず、みんな駐車場の車の中で
ひと晩過ごしたんだけど、あまりに揺れるので、背後の家が倒れてくるんじゃないかと思うと
恐怖でおちおち寝てもいられないjasmineでした。

相方君も眠れないらしく、懐中電灯を持って家の中に入り込みどこからかお酒を見つけ出してきて
『このままでは眠れないから』と飲んで寝ていたけど、眠れない様子だった

夜が明けても揺れがおさまらないせいか、誰も家に入ろうとする人がいない

でも、電気もガスも水道も使えないから、暗くなる前に少しでも家の中を何とかしなくちゃと思い
ティンコロリンを車の中に残し、相方君と家に入り割れたガラス類の撤去を始めるが
揺れるたびに、悲鳴をあげて家から飛び出すこと何度も・・・

それもうちだけじゃなくご近所みんないっせいに飛び出してくるのだった

この日、今までに無いくらい夜が迫ってくるのがとても恐怖に感じたjasmineでした




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2011.04.22 東日本大震災
正式名は『東北地方・太平洋沖地震』らしいのですが

テレビでは「東北・関東大震災」とか

「東日本大震災」と表現している局がほとんどなので、メジャーな名前をタイトルにしました。


いろいろメールやメッセで御心配頂いたのですが、ネットの無い環境にいたものですから

お返事ができなくてすみませんでした。

また、ず~~っと安否確認で探していただいていた方には連絡が遅れ御心配をおかけして

申し訳なかったと思っています。

会いに行った時に私を見る目がまるで亡霊でも現れたような顔をしていたので、おもわず苦笑してしまいました。

何度も何度もパソコンで安否確認をつづけてくれていたらしいのですが、あきらめかけていたんだろうなぁ・・・

と言う感じが表情に表れていました。

私の会社が海岸から3キロの所にあり、その近辺は津波でかなり悲惨な状態になっていたので

もうたすからなかったと思われていたようでした。



とりあえず、私jasmineと我が家のチワワン、ティンコロリンは無事です。

私のブログに登場してくる他のワンちゃん達やそのママ、パパさん達も全員無事でした

こうしてパソコンを打ち込んでいても、震度4の余震がおき、途中でティンコロリンを抱きかかえ

玄関へ(いざとなったら直ぐに外に飛び出せるように)移動しました。

そんなことを日に何度もやっています。

なかなか落ち着かない日々ですが、落ち着きましたらまたUPしますので

また遊びに来ていただけると嬉しいです。



未だに避難所で暮らし、家や家財、愛する人、思い出等すべてが津波に流されてしまった
方々が、少しでも早く心休まる状況になることを心から祈ります

また、地震、津波等でなくなられた方々の御冥福を心よりお祈りいたします。






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