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震災から1ヶ月がたち、やっと自宅に帰ってきたjasmineですが、家の中は放置したままなので
これからが大変、やっと自宅の片付けを始めるjasmineです

今回の震災であらゆるものが倒れ、それらをひとつひとつ片付けていくのかと思うと
気が遠くなりそうなjasmineです

食器類はほとんどが壊れてしまい、毎日食べる器もすべてバラバラの揃わない食器で食べています。

あんなに大切にしていた高級品はすべて壊れてしまい、不思議なことに100円均一の皿だけが
無事に残っていたので笑っちゃいました

相方君がカレーを作ってくれたので、スプーンを出そうと食器棚の引き出しを開けると
この通りです ↓ うっかり手を入れようものならたちまちキズだらけになります。

どこもかしこもガラスだらけ、頭上の扉も慎重に開けないと物が落ちてきます
扉も引き出しも、開けるという行為にはかなり慎重になるほどです。

こんな片付けが毎日続いています。
たかが引き出しの片付けぐらいと思うけど、軍手をしたり、ゴム手袋をしたり
怪我をしないように慎重にするのでひとつひとつに時間がかかり、なかなかすすみません。


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入りきれないほどあった食器棚の中身はほとんど無くなり、左側の縦一列には
パンの材料の小麦粉入れになってしまいました


今回の震災で物の価値観が大きく変わったjasmineです

あらゆるものが崩れ、パソコンも落下し、大切にしていたものの多くを失いましたが
物など何でもいいのです、食器もいらない、服もいらない、靴もいらない
物はいらない、あるもので十分、こんなガラガラの食器棚でも
もう食器を増やす気にはなれない、今在る範囲内で十分生活できる

この後余震が10年も続くと言っている地震研究者の話を聞いて

命在る者が生きていてくれさえすればそれでいい

命無き物は極力最小限に控えて暮らしていこう

耽美な物も崩れてしまえばまったく無価値だし

生活はシンプルでいい


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今回の震災ですべてのライフラインがたたれて非常に役に立ったのが
これら ↓ の物でした。

姑が生きていた頃使っていた石油ストーブ、年老いた姑が火事でも起こしては危険と
ファンヒーターに買い換えたのですが、相方君が停電した時の為に、と捨てずにいたのです
これが大活躍でした。

最近オール電化のおうちを建てた知り合いは今回の震災で寒くて大変だったと言ってました。

停電で掃除機が使えずガラスの破片だらけだった我が家で次に活躍したのが
姑が使っていた箒とちりとり
これも、買ったばかりの物だったのでベランダでも掃除しようと
ベランダに置いたまま忘れていたのが大活躍

そして実家の両親が『カセットを入れるのが恐くて使えないからホッとプレートを使うので
持って行ってほしい』と言うので引き取ってきた卓上コンロ

たまにしか使ったことが無かったので、カセットガスもたっぷり残っていて
本当に大活躍でした。

地震の夜は近所の人達が煮炊きができない為、食べ物も無いと言うので
我が家に在った手付かずのお餅をカセットコンロで全部焼いて磯辺にして近所に配り
ポットいっぱいにお湯を沸かして、そのポットを玄関ドアの前に置き
近所の人達に自由にお湯を使ってもらったりインスタントのコーンスープを配って
皆で寒さをしのいだりできて、カセットコンロ万歳ヽ(^o^)丿って感じでした。



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地震当日はあまりの揺れのひどさに車の中で寝たのですが、さすがに2日めは
エコノミー症候群になってしまうのも恐いので、明るいうちに何とか少しでも家の中に
居住空間を作ろうと横になれる程度の範囲だけでもガラスを撤去する作業をしました。
その間も何度も余震が続くので、家のドアは一日中開けっ放し
近所の人達もみんな開けっ放しでした。


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停電で冷蔵庫の中の物がだめになってしまうので、庫内に有る食材を使って相方君が明るいうちに
モツ煮込みうどんを作ってくれました。

お隣さんは独身男性で家に食材が一切無く、朝早くから食べ物を探して車を走らせていたけど
何も見付からなかったらしく、チャーハンを作ってロウソクと一緒に持っていったら
今までひとこともしゃべったことが無かったのに自分の名前を言ったり
車で走った市内の情報を教えてくれたり、飲み物を分けてくれたりと
皮肉なことに地震によってご近所さんとずいぶん親しくなったjasmineです


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そして夜の闇はあっという間にやってきました

ガラスはざっと撤去したけど、あちこちに細かい破片がキラキラ光るので
ピクニック用のシートを敷き、その上にカーペット下に敷く敷物を敷き、さらにコタツ布団を敷いて
その範囲内だけの動ける空間を作ったら、ティンコロリンが喜んで走るので範囲外に出るのではないかと
ヒヤヒヤのjasmineでした。


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暗くなると、どこに何が有るのか探すのが困難になるので、昼のうちに必要な物はテーブルの上に集め
ほとんどテーブルから動かないで済むようにして、相方君が作ってくれたモツ煮込みうどんと
豚肉のおろしポン酢がけを食べました
この後食料を手に入れることが困難になるとは考えずに・・・


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食器類は洗えないので、ラップとホイルを使って食器を汚さないようにしたのですが
コップとスプーン類はそうもいかず、少ない水で洗って使うので、飲み水が減るのが恐かったな~


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我が家にはラジオが無かったので、情報はすべてワンセグから
でも、バッテリーの消耗が早くてずっと見ていたいのにそうも出来ず揺れた時だけ見てました。

たまたま相方君が数日前に使い捨て充電器を買っていたので、それで充電しながら見ていたんだけど
使い捨てのため、翌日には壊れてしまって、充電もできなくなってしまい本当に困りました。

しかもワンとも達からどんどん安否確認のメールが入ってくるのに
私の携帯からは何度発信しても送れないし、もちろん通話もまったくできないのに
北海道からと、海外からは普通に電話がかかってきたりで、ビックリしちゃいました。


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ティンコロリンはちょっと揺れるだけでブルブル震えちゃうし、jasmineのひざの上から降りようとしなくなって
ご飯も一粒ずつ手にとって食べさせていました。
赤ちゃんの頃に戻った感じでした。

ティンコロリンのフードも、ビタミン剤も、トイレシートも、オムツもすべて多めに買って置いて良かったと
胸をなでおろしました~
市販のフードが食べられないティンコロリンなので、買い置きが無かったらと思うとゾッとしたjasmineです



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震災から1ヶ月以上たって、そろそろみんなの中では少しずつ記憶が遠のいていくのかもしれないけど
jasmineの中では今でもつい昨日の事の用によみがえります。

未だに余震が来るたびティンコロリンが必死にしがみついてきます
ちょっとでも離れるとものすごい勢いで後を追ってきます
外で雨の音がしたり、上の階の人がガタガタ音を立てたり、ヘリコプターが飛ぶと
震災の時盛んに飛んでいたので、記憶が蘇るのかティンコロリンの震えが止まらなくなります。

私自身も同じ、今まで普通にしていたことができなくなりました。
お風呂は恐くて夜に入ることができません。

ちょっとした物音にもすごく敏感になってしまいます。
洗濯機の脱水の音が、地震前に響く地鳴りに感じて慌てふためいてしまいます。

忘れられないし、忘れてはいけないと思うので、記憶をたどりながら
あの時のことをこれからも書き残しておこうと思います。


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今日は区役所に行ってきました。
無職になってしまったjasmineは社会保険から国民健康保険へ切り替えの手続きをするために
行ったのですが、罹災証明書を取る人でいっぱいで駐車場に入れず、ずいぶん待ちました。
やっと区役所に入っても、人が多くて何かと時間がかかりますが、役所もずいぶん変わったのでビックリしました

今まではお役所仕事!!
なんていい方をするくらい、時々腹立たしい思いもしてきたのですが、今回行って
あまりに親切なので、ものすごく驚きました。

そんなにまでしていただけるんですか?こんなに手間を取らせているのに?
嫌な顔をするどころか『気にしなくていいんですよ~』とまで言われ
本当に丁寧に説明、手続きをしていただきました。
帰るときには感謝の気持ちでいっぱいになったjasmineです。

jasmineが何時間も戻らなかった間、ティンコロリンはずっと車の中で待っていました。
震災以来初めて長い時間お留守番をしたティンコロリンです。
もちろん待たせるご褒美にトサカちゃんをプレゼントしましたよ~

でも、車に戻るとものすごい勢いで飛びついてきて、顔をペタ~とjasmineの胸に押し付けたまま
家に帰るまでその姿勢を変えずにひざに乗っていました。

できることならティンコロリンの記憶からあの震災の記憶だけを取り去ってやりたいと切に願うjasmineです。





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2011.04.27 久しぶりに
ティンコロリン地方はここしばらく晴天が続き、暖かな日が多くなってきました。
車を走らせるとあちこちに桜が咲いているのに、今年はのんびり桜を見ることもできないまま
散ってしまいそうです

運転しながらきれいだな~と見てはいるものの、あらためてお花見をする気分にもなれないjasmineです。


震災直後に一瞬だけ携帯が通じて両親の安否が確認でき、ホッとしたjasmineですが

その後、ガス、水道、電気、電話、携帯、等のすべてのライフラインが断たれてしまい
連絡が取れない状態になっていた所、3月11日の地震から2日後の3月13日に

心臓の悪い母が吸水の行列に並んでいる最中に倒れてしまい、側に居合わせた方々が
救急車を呼んではみたもののまったく電話が通じず、私への電話連絡も通じないまま
母を病院へ担ぎ込んでくださり、そのまま緊急入院して早1ヶ月

ひとりきりでは何もできない父親のめんどうをみるため震災にあった自宅を放棄し
1ヶ月にわたりひとり実家に泊り込んでいたjasmineです
(その間相方君は炊き出しに出て、職場に泊まり込んでいました)

そんな母も危機を脱し、ありがたいことに無事に退院することができました。
それでも自宅で安静に過ごさなければならない状態ですが、春めいてきた気候のせいか
だいぶ体調もよさそうなので、久しぶりに両親とティンコロリンを連れ、近くのお店に
ランチにやってきました。



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以前ならランチタイムともなれば席が空くのを待っていることもしばしばあったお店ですが
やはり震災のせいか、ガラ~ンとして、人もまばら、ワンコ連れの人もjasmineを入れても
3組だけでした



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周りにワラワラとワンコが居るのが好きではないティンコロリンにとっては居心地がいいみたいで
終始ご機嫌なティンコロリンでした

ティンコロリンもお外に出るのは久しぶりだったので嬉しかったのね~ きっと


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いつもならただ座っているだけのティンコロリンなのですが、今日は椅子の手すりに両手をかけ
後ろ足だけで立ち続けるティンコロリンです。
へんなの・・・!?


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お店はまだ軌道に乗っていないのか、ランチタイムのメニューは3種類のみでした
ティンコロリンのバーバとjasmineはパスタを頂きました。


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ティンコロリンのジージはジャガイモゴロゴロカレーを注文したのですが
本当にジャガイモが丸々ゴロゴロと入っていたので笑ってしまいました。
ジージはフォークでジャガイモを半分にしようと苦戦し、結局ナイフとフォークを使って
カレーを食べていました(笑)



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震災後家にいることが多かったjasmineですが、こうやってたまに外に出るといい気晴らしになります。


と言っても、この震災で無職になってしまったjasmineは先のことを考えると不安がぬぐいきれません。


jasmineが働いていた会社があった近辺は現在 ↓ こんな感じです

会社は海岸から3キロ地点にあるこの場所で規模を縮小して(身内だけで)再び仕事を再開しようとしていますが
jasmineは、恐くて未だにこの土地に足が向きません。
見に行くことも恐怖でできません。

両親も、相方君も、収入がなくなるのは困るけど、あそこで働くのだけはやめて欲しいと言います。
余震がいつまでも続く毎日で、今度また津波がきたら助からないかもしれない

せっかく助かった命だから会社なんかのために今更命を危険にさらす必要はないと言います。



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3月11日の地震は今考えても恐怖がよぎるjasmineです。

地震の数日前から小さな地震が起きる頻度が増しているな~と思っていたjasmineですが

11日は、会社の雑品を買出しに行き、オフィスに戻ってのんびりすごしていたjasmineでした

その時突然聞いたことも無いような、悪魔が地下から命を奪いに繰るような強い地響きのようなものが、遠くから足元に迫ってきたかと思うと、想像もつかないような強く長い地震に襲われました。


宮城県沖地震を体験したことがあるjasmineは普段から地震に対する恐怖心は人一倍強いほうかもしれません

揺れ始めた瞬間に、このままデスクに座っていては危険!!と
とっさに判断し、すべての貴重品がバッグに入っているのと
一番大切な車のキーが入っているので確保しなくちゃという気持ちが働き
側に置いてあったバッグをすぐさま手に取り肩にかつぎ、入り口に向かって飛び出しました


マニュアルどうりに行動するならば、バッグ等は持たずに直ぐに身の安全を確保して・・・
となるのでしょうが、その通りにしていたら車のキーを見失い、直ぐに逃げることができず
今頃jasmineの命は無かったと思います。

jasmineのオフィスは2階にあったので、直ぐに1階の広い場所に飛び出したかったのですが
あまりにも強い揺れに身動きが取れず、入り口のドアにつかまり

右足はオフィスに、左足は階段の踊り場にまたがり、もし建物が崩れたら
どちらにでも飛び移れる場所にいようと判断し、揺れが少しでもおさまったら
直ぐに1階に降りられる体制をとりました。

所が、そんなjasmineの背後に社長の奥さんがやって来て、jasmineの名前をわめき散らし
jasmineの背中にしがみついてきました。

これで、まったく身動きが取れなくなってしまったjasmine
それどころか、長く揺れ続ける中、両手でドアにしがみついている自分ひとりの体だけでも振り落とされそうになるのに
右手でドアにしがみつき、左手で背中に居る社長の奥さんを抑え、おんぶするような支え方をしたので
ふたり分の体をjasmineの右手一本では支えきれなくなり、転びそうになるjasmine!!(T_T)

でも、転んだらアウト! 真さかさまに1階へ階段を転げ落ちてしまう!!

それにしても長い!長い!
いつもならもうとっくに揺れがおさまる頃だろうに、今回のはおさまりそうに無い(@_@;)
揺れが永遠に続きそうな気分になるほど続いたような気がしました。

2階から見える前方の家では瓦の屋根が、土ぼこりをもうもうと上げながら崩れ落ちていきます
下の駐車場に停まっている大型トラックが揺れでどんどん後退し、建物に何度もぶつかっている
これはヤバイ!ヤバイ!尋常じゃない!
目の前でいろんなものが崩れ落ち壊れていく!

背後で社長の奥さんが!ギャーギャー大声で騒いでいる
「恐い~ ひぃ~ 恐いよ~ jasmineどうしよう~ うわ~ うわ~」

普段からうるさいばあさんだと思っていたけど、こんな時に数倍うるさくなっている(ーー;)

おもわずjasmineの口から出た言葉は

『だまれ! ぎゃーぎゃーわめかない!! 少し黙って!! うるさい!! 』だった

地震のさなかでありながらちょっとスッキリした!
怒鳴りつける事で、自分の恐怖心にも活を入れた感じだった


それからしばらくして少し揺れがおさまった頃、パソコンの電源を切ろうと
後ろを振り向くと、しがみつくことだけで精一杯でまったく気が付かなかったんだけど
オフィスの中のすべてのものが倒れ、足の踏み場も無いような状況になっていた(゜o゜)
あのままデスクに座っていたら今頃書類棚の下敷きになり命が無かったかも~(>_<)

いろんな物の上を乗り越えて自分のデスクにたどり着くと、デスク上のパソコンが無くなっていた(◎o◎)
ゴチャゴチャの中、下を見ると自分の私物が少しだけ見えたので急いで掘り出して
直ぐに1階に下りると、上を見上げていた社長が

「直ぐに帰れ!」と言うので、社長の奥さんに、『そう言われたので帰ります』と言うと

「ふ~ん」と不服そうな顔つきで、このまま会社に残って社内を片付けさせようという顔つきがありあり

この時社長が社内に居てよかった~
いつものように留守で、社長の奥さんだけだったら、きっと帰ることができずに社内にとどまり
津波に流されていたことだろう 社員全員が・・・


この ↓ 波の中に・・・



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jasmineは子供の頃から釜石に住む伯父に、三陸沖地震の津波の話を聞かされていた

海岸にあった数メートルもある大きな石が、津波の後、山の頂上に移動していたとか
波が数メートルもの高い壁になって目の前に迫ってきたので命からがらにげたとか
津波はあっという間にもの凄い速さで迫ってくるから迷わず逃げなければダメだとか
何度も繰り返し聞かされていたので、体験した事は無くても津波の恐さは十分知っていた

伯父から、揺れたら津波は数分でやってくるからとにかく大急ぎで高い所に
少しでも早く逃げるように言われていたので

社長の奥さんがどんな顔をしようが、もう後ろは振り向かない
急いで駐車場へ走って行き、背中に背負ったバッグから車のキーを取り出しエンジンをかけ
猛スピードで走り出したjasmine

所が、道路が陥没していて背後に ↑ この波が迫ってきているだろうに前に進むことができない
陥没した道路の向こう側に居る軽トラも呆然とこちらを眺めている
しょうがないので、この ↑ 波と平行してしばらく走り次の曲がり角で道路が走れるか見ると
大丈夫そうだ!
さっき前方に居た軽トラも同じように道路が走れるのを確認してこちらへやって来る

『おじさんなにしてるの! どうして津波の方向へわざわざ向かっていくの
危ないよ!ダメだよ!』と心の中で叫びながらすれ違う
家族の元へ行くのだろうか・・・
どうか助かって欲しいと願いながらも、jasmineは走る!
少しでも海から遠ざかる為に!



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カーラジオからは女子アナが何度も何度も連呼している

「車の運転をしている方は直ぐに路肩に車を止め、キーは付けたまま揺れがおさまるまで安全を確保し
運転をしないで下さい! くれぐれも運転はしないで下さい!」と


jasmineは走る!この女子アナは、マニュアルどおりのことしか言えないのか!
安全なスタジオ内からでは海の危険さが想像できないのだろうか?

相変わらず強い揺れが続いている、運転していてさえ揺れがはっきりわかるほどの強い揺れが
数台の車が路肩に車を停め、車内でラジオを聴いているようだ、揺れがひどいせいか
ハンドルにしがみついている人もいる

『みんな何してるの! 早く走って!ここから逃げなきゃダメじゃない!こんな所に車を停めておいたら
津波にさらわれてしまう! 危険だから早く逃げなきゃ!』

心の中でそう叫びながらも一台一台に声をかけている時間は無い
道路はひびが入り、所々陥没していたり、水が流れ出している



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一刻も早くこの海岸近くの道路から内陸部の道路に入りたいのに、目の前を走るごみ清掃車は
50キロ走行の道路を30キロでのろのろ運転

イライラするけど、対向車が多くて追い抜くこともできない
そうこうしているうちに、津波到達時間の3時になってしまった。
しかも、その時jasmineがいた場所は、後に市内でも一番多くの津波による犠牲者が出た場所

信号が全部停電で止まっているので交差点で数台ずつ交互に譲り合いながら走るので
自分の順番が来るまで停車している間に津波到達時間になってしまったのだった

海岸から3キロ地点まで、津波は何分で到達するんだろう
考えると恐怖でいっぱいになる

今こうしている間にも背後には津波がもの凄い勢いで迫ってきているに違いない



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その時、ラジオから、緊急速報が流れ

「3時の津波到達時間が10分遅れ、3時10分になりました。みなさんできるだけ早く海岸から離れ
高い所へ避難してください」

この時助かった!!と思った
10分で国道まで出よう!あそこなら道路が高くなっているから何とかなるだろう
そして自分が左折できる順番が来てからは、90キロで飛ばした国道目指して!

前後の車も同じスピードで走っている、みんな必死なんだ



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でも、信号が無い交差点に差し掛かるとやはり譲り合いながら走るので停まっている時間が長い
みんなの この冷静さがありがたい、誰一人として暴走するドライバーがいないのには驚いた

その間も揺れは激しく、頭上で信号機や電信柱がユラユラ揺れて、今にも倒れてきそうで本当に恐怖だった
停まっている自分の車もしっかりブレーキを踏んでないと前後に揺さぶられる 恐怖だった




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道路の段差とひび割れ箇所はどんどん増えていく気がするが、めげてはいられない、どんな段差も乗り越えて
とにかく走り続けなくっちゃ家に帰るまで、何があってもとりあえずは家に帰らなくっちゃと思った
そう強く思わないと恐怖で涙があふれてきそうで、そうなったら今度は恐怖の津波に自分が飲み込まれそうな
気がして必死だった


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そして津波到達時間の3時10分にはだいぶ国道近くまで走りついたが、国道に出る交差点は信号があってさえ
事故が絶えない場所なのに、停電で信号がとまってしまった状態でどうやって国道に出たらいいんだろう

そんな目の前の恐怖を予測しながら走っていくと大きな交差点のせいか信号がついている。ありがたい
こんな地震で大変な時に、この信号機を制御している人がいるんだ
その人だって直ぐにでも家に帰りたいだろうに、感謝しながら交差点を渡ると今度はすごい渋滞

その後も信号の無い交差点を何箇所も通ったけど、みんなの譲り合いの精神のすばらしさに感動するほどだった
仙台人!素晴らしいじゃないか!

家にたどり着く頃には身も心も疲れ果てて、半べそ状態で地割れした道を走り続けたjasmine

jasmineの駐車場には近所の人が集まり敷物を敷いて、皆で泣きながらへたり込んでいた。
相方君が泣いている人をなだめているのが見えた

直ぐに車を降り、相方君の元へ駆け寄ると、『ティンコロリンは車の中に非難させたから』と指差す
振り向くと、運転席の窓をかきむしりながらこちらに向かってピョンピョン跳ねているティンコロリンがいた
元気そうなのでホッとした~
恐い思いをしたのがかわいそうで、いっぱい、いっぱいナデナデして抱きしめたら、自分も恐怖が和らいだ


その後、恐る恐る家に入ってみると、水浸しになっている場所もあり、リビングは見事なくらいガラスの海になっていた

ティンコロリンはjasmineの部屋に居たんだけど、箪笥がドアをふさいでしまい、開けられなくなったため
相方君のお友達が助けに来てくれて、ドアを逆に開けて(壊して)ティンコロリンを助け出した為
今でもjasmineの部屋のドアは体ひとつ入るのがやっとの逆開きで閉まらない状態のままなのだ

この日はず~っと揺れがひどくて、恐怖でみんな家に入ることができず、みんな駐車場の車の中で
ひと晩過ごしたんだけど、あまりに揺れるので、背後の家が倒れてくるんじゃないかと思うと
恐怖でおちおち寝てもいられないjasmineでした。

相方君も眠れないらしく、懐中電灯を持って家の中に入り込みどこからかお酒を見つけ出してきて
『このままでは眠れないから』と飲んで寝ていたけど、眠れない様子だった

夜が明けても揺れがおさまらないせいか、誰も家に入ろうとする人がいない

でも、電気もガスも水道も使えないから、暗くなる前に少しでも家の中を何とかしなくちゃと思い
ティンコロリンを車の中に残し、相方君と家に入り割れたガラス類の撤去を始めるが
揺れるたびに、悲鳴をあげて家から飛び出すこと何度も・・・

それもうちだけじゃなくご近所みんないっせいに飛び出してくるのだった

この日、今までに無いくらい夜が迫ってくるのがとても恐怖に感じたjasmineでした




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2011.04.22 東日本大震災
正式名は『東北地方・太平洋沖地震』らしいのですが

テレビでは「東北・関東大震災」とか

「東日本大震災」と表現している局がほとんどなので、メジャーな名前をタイトルにしました。


いろいろメールやメッセで御心配頂いたのですが、ネットの無い環境にいたものですから

お返事ができなくてすみませんでした。

また、ず~~っと安否確認で探していただいていた方には連絡が遅れ御心配をおかけして

申し訳なかったと思っています。

会いに行った時に私を見る目がまるで亡霊でも現れたような顔をしていたので、おもわず苦笑してしまいました。

何度も何度もパソコンで安否確認をつづけてくれていたらしいのですが、あきらめかけていたんだろうなぁ・・・

と言う感じが表情に表れていました。

私の会社が海岸から3キロの所にあり、その近辺は津波でかなり悲惨な状態になっていたので

もうたすからなかったと思われていたようでした。



とりあえず、私jasmineと我が家のチワワン、ティンコロリンは無事です。

私のブログに登場してくる他のワンちゃん達やそのママ、パパさん達も全員無事でした

こうしてパソコンを打ち込んでいても、震度4の余震がおき、途中でティンコロリンを抱きかかえ

玄関へ(いざとなったら直ぐに外に飛び出せるように)移動しました。

そんなことを日に何度もやっています。

なかなか落ち着かない日々ですが、落ち着きましたらまたUPしますので

また遊びに来ていただけると嬉しいです。



未だに避難所で暮らし、家や家財、愛する人、思い出等すべてが津波に流されてしまった
方々が、少しでも早く心休まる状況になることを心から祈ります

また、地震、津波等でなくなられた方々の御冥福を心よりお祈りいたします。






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